保護者会が終わって、教室を出ると、休憩をしていた生徒が、「先生、智辯負けてます。」「何回?」「7回で2対1です。」
野球は、7,8,9この最後の3回をどう立ちふるまうか。今まで何度も、智辯和歌山に挑んだ学校が、この最後の3回で底力を見せつけられて、8年間負け続けてきました。今年もきっとそうなるだろうと思いながら、テレビをつけました。
相手は、紀北工業高校です。大阪からやってくる生徒もいないし、特別に集めたわけでもない、地元の生徒たちが通う普通の学校です。ただ、監督さんが、若くて非常に研究熱心であるということを聞いたことがあります。数年前、右の横手から投げる投手に、春優勝の向陽が完封負けをし、桐蔭も負けて、ベスト4まで進みました。その時智弁に、0対4で負けてしまいました。
今年のチームの左腕投手は、躍動感あるピッチングでした。球が、伸びているのでしょうか、気迫が乗り移っているのでしょうか。市立和歌山戦を見たときに、あの鋭い打球を放っていた智辯打線が、凡フライを打ち上げています。いつもは、終盤になっても、必ず逆転すると信じ切っているベンチの中が、心なしか、「さみしそう」に見えました。
8回の攻撃、これが全てだったと思います。簡単に2死を取られました。その後、左打者が死球を食らいました。その選手が、バットを投げつけたような気がしました。あとでパソコンで何度も確認しましたが、やはりバットを放り投げていました。1塁に、四死球で行くときは、バットは、下からそうっとボールをトスするようにベンチの方に置きます。そんなことは教えてもらうことではありません。野球をする人だったら、誰でも身についていることです。道具を大切にする、そういう人が野球をするのにふさわしいのです。ある学校の監督は、選手が守備位置についたときに、その場でグラウンドに一礼をしなさいと教えています。試合で逆転打を打った中心選手が、それをしなかったので、すぐに交代させられたことがありました。野球がうまい、下手以前の、人間として一番大切なことを教えること。それこそまず指導者なのです。
その後、盗塁で2死2塁。一打同点のチャンスです。主軸打者が打った打球は、投手がよく反応して好捕し一塁へ投げてアウト。打ち取られた打者をテレビの画面はずっと映し出していました。一塁までゆっくりと歩いていって、最後に左足で、一塁ベースを蹴りました。同じ回に二度あったこのプレーを見て、僕は、このまま野球の神様が黙ったまま見過ごすんだろうか?と思いました。
9回、2死1,2塁に塁から智弁が放った打球は、投手の足を直撃。そのおかげで、センターに抜けることなく、2死満塁。治療のために、投手が一旦ベンチに下がってから、再びマウンドへ。初球、打者はショートへの高く上がったフライ。なかなかボールが落ちてこない。取れよ!と思いながら長い時間を待ったような気がしました。少しショートが後ろに下がってボールがおさまりました。
8年間、どこにも負けなかった智辯和歌山。その学校を破ったのが、選手を集めているわけでもない、地元の選手だけを集めた学校であったこと。しかもその学校は、新チームになって以来、新人戦、秋季大会、春の大会と、全て初戦で敗退している学校であったこと。こういうことが起こりうるから高校野球は、心を震わせてくれるんだと思いました。一生懸命にやっていればきっといいことがある、それを見せてもらいました。和歌山の高校野球の歴史が変わった日でした。